kobeniの日記

仕事・育児・推しの尊さなどについて考えています

「ビルド・ア・ガール」で考える90年代ロック・シーンと音楽雑誌

夏からずっとCornelius(小山田圭吾)のいじめ記事炎上の件について考えている(何のことか全くわからない方は、この記事のふたつ前から読んでみてほしい)。今はプロのジャーナリストの中原一歩さんが、関係者に取材などを行って週刊文春にてレポートしてくれているため、それが最も重要な情報であり、私ができることは特にない。ただ、本件には様々な問題が絡んでいるため、いつもいろんな観点から考え事をしており、そんな中で公開されたひとつの映画ー「ビルド・ア・ガール」(How to build a girl)が気になって、観に行ってきた。そこそこのネタバレは含むが、あくまで映画のワン・エッセンスにしか言及していないのでご安心を。

 

 

舞台は93年のイギリス、主人公は16歳の女の子

時は1993年、イギリスは失業率が10%を超える不況に見舞われていた。主人公のジョアンナ・モリガンは、イギリス郊外ウルヴァーハンプトン生まれの16歳。労働者階級に生まれ、家族7人で公営住宅に暮らしている。学校では「イケてる」グループに憧れつつもそこには入れず、それどころかバカな男子たちにからかわれたり追いかけられたり。なんとかこのど田舎から出て、もっと新しい人生を切り開きたい!今とは違う自分になりたい!!という気持ちを抱えながら地元の図書館に入り浸っている。

エミリー・ブロンテなどの古典文学を愛する彼女の特技は唯一、文章を書くこと。自作の詩が入選し、テレビに出て朗読することになったのに、そこでも大緊張して失態を犯し、せっかくの晴れ舞台が黒歴史となってしまう。

そんな中、ロック好きでZINEも作っている兄のクリッシーに勧められ、「D&ME」という音楽誌にレビューを投稿する。それが彼女の、自分探しの第一歩だった。彼女はペンネーム「ドリー・ワイルド」を名乗り、とりあえず形(ファッション)から入って新しい自分へと生まれ変わろうとする。

日本で言えば、静岡(適当に決めました)に住む16歳のJKが、JAPANレビューに連続掲載されたことをきっかけに、ロッキング・オン編集部目指して鈍行で上京。なんとかその中に自分の居場所を見つけようと、清志郎とかブルーハーツのCDレビューを書きまくり、正式に編集部員として認めてもらうため山崎洋一郎編集長に「取材がしたい!」とゴリ押しし、フリッパーズ・ギターのライブに潜入……みたいな感じのストーリー、だと思う。

実話に基づく話だということだが、16歳の高校生が実際にロック誌ライターとしてデビューするなんて、本当なの?と思ってしまう。だが、どんなに遅くまでライブハウスに貼りついても、必ず実家までわざわざ帰宅し、数時間寝てまた学校へ…というジョアンナの様子が妙にリアルで、(ああ、これ本当なんだな…)と思わされてしまう。学業との両立がすごく大変そうだけど、原作者は「才能とガッツでチャンスを見事にモノにした」本当に稀有な少女だったのではと感じる。

 

音楽雑誌が絶大な権力を持つ時代

ジョアンナが寄稿したのは「D&ME」という音楽誌。実際にあった「NME」という雑誌をモデルにしている。レビューが何度か掲載され、ついにロンドンの編集部を訪問することに。ドアを開けるとそこは、大音量でロックが鳴り響くオフィスだった。ジョアンナが紹介された編集者は開口一番「モリッシーをなぶり殺して疲れ切った」…もちろんナイフじゃなく、ペンで。

これは当時の雑誌とミュージシャンの関係を如実に表す一言である。情報の発信源がせいぜいテレビとラジオと雑誌に限られていた頃、音楽誌の持っている影響力の大きさ、権力は今よりも絶大だった。当時の英音楽誌はミュージシャンに対し毀誉褒貶が激しく、持ち上げるだけでなくこき下ろすのもひとつの人気コンテンツのあり方だったようだ。「D&ME」編集部による深夜の屋上パーティーでは、「抹殺する」と決めたミュージシャンの7インチレコードを、空中に放り投げて銃で撃つのが娯楽になっている。

音楽誌が、ミュージシャンと対等どころか、時には彼らの運命まで左右するほどの権力を持っていた。近しいことは日本でも起きていたはずだが、いざ20年以上の時が経つと、にわかには信じ難い気持ちにもなる。ジョアンナ(ドリー)は、顔パスならぬ「名前パス」でライブハウスへ潜入し、深夜に自宅に戻りタイプライターでさっきのライブの原稿を書き、その紙原稿を近所のポストに投函し、数日後に「ニュースエージェント」(町の小さなキヨスクみたいなやつ)で、D&MEに自分の書いた文章が載っているかを確認する。この一連の行為にそれぞれタイムラグがあり、物事がゆっくりと進んでいく。掲載された後、ドリーの感動が読者に届くまで、そしてその読者の心に定着するまでにもまた、そこそこの時間を要する。即時シェアができないからこその良さもあったのではないかと、懐かしく思い出した。

 

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「ここ(俺の膝の上)に座って話そう」

「93年のイギリス」という限定的な舞台での話だが、いわゆるパンクバンドやロックバンドは男性のグループが多い。そうなると音楽誌ライターも男性の方が有利なのだろう、D&MEには女性社員がいない。

そんな中に、何も知らない田舎生まれの16歳女子が突撃していったらどうなるか。

 

編集部の男たちに、真に仲間に入れてもらうための最初の試練は、「ここ(俺の膝の上)に座って話そう」という要望に応えることだった。原作者のインタビューによると、これは実話らしい。

そのうちジョアンナは、編集者ともミュージシャンとも、パーティーでたまたま出会った見知らぬ人ともキスをし関係を持ちまくる(これに関してジョアンナは心折れないどころか割と楽しそうだったのでちょっと笑った)。

必死に先輩編集者や業界人たちの真似をして、やっと掴んだ初めての特集取材。ミュージシャン、ジョン・カイトのライブに心底感動し、最大級の愛と文章スキルを駆使して書き上げたドリー・ワイルド渾身の取材レポートは、編集部のメンバー達から「ティーンエイジガールの熱狂的な文章」と一蹴されてしまう。

原作者はフェミニストなのだそう。そういった期待にもしっかり応える作品だ。なんせタイトルが、ビルド・ア・「ガール」である。

 

90年代に少女だった人なら、多かれ少なかれ「あれは差別だったな」とか「女だからこういう扱いなんだな」という経験をしていることだろう。私はジョアンナと同じ歳の頃はセーラー服を着ていたが、制服の時だけ知らないおじさんがめちゃくちゃ見てる……みたいなことは何回かあり、思い出すと心底気持ち悪い(普段着の時はボンデッジパンツ履いたり安全ピンを手首に巻いたりしていたので、そういう目では見られなかった)。

編集部には男しかいないし、ジョアンナは彼らの言うことがイケてるし正しいと思っている。せっかく掴んだ、他のティーンにはけして得られないチャンス。そう思ったら、「?」と思ってもセクハラを受け入れるしかないだろう。

ジョアンナが「ここ(膝)に座って」と言われるシーンを観ている時、自分が、一人の個性ある人間ではなく、「別の漠然とした何か」として扱われたかのような、あの独特の感覚が蘇ってきた。わかりますか?わかりますよね。

 

こんな思いをする女の子は一人も居なくなってほしい。

 

「ティーンエイジガールの熱狂」は邪魔なのか

日本の90年代のロックシーン、あるいは音楽雑誌に、この映画と同じようなホモソーシャル・マッチョイズムな文化があったのか?というと、私は入社したことがないのでわからない。ただ「D&ME」編集部は、ケンブリッジなどの一流大学を卒業した男性が正社員として働いているという設定だ。当時のイギリスは不況の時代だったのだから、雑誌編集の仕事に就けたのもごくわずかなエリート達だろう。

そして私が日本で90年代の終わりごろに就職活動をした時も、出版社(もちろん音楽雑誌も含む)に入社できる人間はほんの一握りだった。インターネットが本格的に普及する前、出版は広告と並んでとても人気の業界だった。

 

ここでちょっと小山田くんの話になるけれど、9月に出た週刊文春の取材で、彼は自分が94年頃に露悪的に振る舞った理由として、下記のように述べていた。

 

「当時、アイドル的というか、軽くてポップな見られ方をしていました。極めて浅はかなのですが、それをもっとアンダーグラウンドの方に、キャラクターを変えたいと思ったのです」

(週刊文春 9/15号)

 

最初は「ふーん」と思っていたが、時間が経つにつれてだんだんこのコメントにモヤモヤ、イライラするようになってきた。なんだろう?「アイドル的」って。私、スチャダラパーの出待ちしたことあったけど。女性ファンがキャーキャー言うことを指してる?私たちティーンエイジガールの熱狂は嫌だった?

そういえばスチャダラの歌にも、な〜んか私たち女子ファンをバカにするような歌詞があったなあ。「今夜はブギーバック」でこれまでになくブレイクした直後のアルバム

「5th wheel 2 the COACH」(95年)に入っている「from喜怒哀楽」、「怒」のパート。ちょっとだけ引用しますが、このパート全体的にヤな感じ。

 

ANI「アタシーよく人から変わってるって言われるんですぅ」かぁ?

女の子の声「そういう子達多いですよねー最近」

ANI「多いよー君らを筆頭に」

From喜怒哀楽 スチャダラパー 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

 

ライブでは「君らを」のところで私たちファンの方を指差していた。

こういうのって、本当は女子の私たちじゃなくて、周りのラッパーとか男性ミュージシャンに向けて歌っていたんじゃないだろうか。「俺たちは、売れて女の子にキャーキャー言われて調子乗ったりしてませんよ」「硬派にヒップホップやってますよ」って。

比較的マッチョな雰囲気がないオモロラッパーですら、こうなんだなと割とガッカリしていた。

小山田くんの「アイドル的」の真意は、私にはわからない。彼が述べている時期は、ソロ活動を始める前の「フリッパーズ・ギター時代のイメージからの脱却」の話であり、私はコンビ解散後にファンになったので、自分の経験からは語れない。

けれど2021年現在でも、「男性俳優が、アイドル的に見られたくないという理由で、女性ファンばかりつくのを嫌がる」といった話を聞くことがある。

 

黄色い歓声をあげる女=音楽や芝居などの能力ではなく見た目を評価してるだけ…と思われているのだろうか。

本映画の原作者インタビューより一部を抜粋する。

90年代から今に至るまで、数多くのアーティストに取材をしてきた。インタビューしたバンドの中には、ファンの多くが10代の女の子であることに悩んでいる男性も多くいたという。男性からの支持がなければ「本物のアーティスト」ではないーー男性アーティストたちのそんな考えに、違和感を抱いてきた。

 

本当は、10代の女の子ほど音楽の好みが優れている人たちはいないと思ってる。イケてるバンドを見つけるのも、無償の愛を捧げるのも彼女たち。ビートルズだって、10代の女の子に愛されたからこそ頂点に立って、どんなことにも挑戦できるエネルギーや信頼、愛を得ることができたんじゃないかな。にもかかわらず、女性、特に若い女の子が好きなものは劣っている、価値がないとみなされることは、うんざりするほど本当によくある

 

www.huffingtonpost.jp

 

そりゃ、好きな音楽をつくる人がたまたま「恋愛対象となる性」だったら、そのせいでより魅力的に感じることはあると思う。でも、「顔がいい」ことに黄色い歓声をあげたいなら、それこそもっとふさわしい対象はミュージシャン以外にいるだろう。

その人の音楽が好きだからファンになっているのだ。彼が舞台に上がるや否や「キャー!!!」と叫びながらも、一方で「今日のギターは5年前のあの時と同じフェンダーということは云々」「この新曲の歌詞はつまり美を比喩的に表しており云々」などと脳内処理している女子だっているだろう。よくよく考えたら私は当時、ライブ後ヘロヘロに疲れて帰宅しても、その感動を忘れないよう夜のうちに友達へ長い手紙を書いたりしていた(LINEとか、ないから……)。

「尊い…」しか言えなきゃレビューは成り立たないが、めちゃくちゃ語彙力のある女音楽オタクだって普通にいるではないか。

 

女のファン=わかっていない、なんて思わないで欲しい。

2021年には、そんなことを思うミュージシャンは絶滅していると思いたい。

 

ピート・タウンゼント曰く「ロックはアブノーマルと下層階級の歴史」

最近、90年〜93年頃のロッキング・オン・JAPAN本誌をご好意で頂いてしまい、時々ペラペラめくっている。

小沢健二と小山田圭吾によるバンド「フリッパーズ・ギター」は、89年にデビューし91年に解散している。彼らは当時「フニャモラー」を自称しており、これは「フニャフニャしたモラトリアムな人」という意味らしい。2021年の今から省みると、彼らの音楽は多分にロックでありパンクだと思うのだが、どうやら当時のロック界では、「あんなフニャフニャした、本気かどうかわからない奴ら」と思われ、ジャンルもわかりにくく、異端扱いだったようだ。

これは当時のロッキング・オンに詳しい友人に聞いたことだが、92年4月号の、洋楽の方のロッキング・オンには「全ての『小沢圭吾』に向けて−時代を打ち抜くマニックス(マニック・ストリート・プリーチャーズ)」という記事が掲載されている。 過去からの引用やサンプリングを使用して、パッチワークのような音楽の作り方を是としていたフリッパーズの姿勢に違和感をもつ同社ライター(岩見吉朗さん)が、「デビューアルバムを世界中で一位にして解散する」と宣言したマニックスを称揚する原稿なのだそうだ。

奇しくも映画でジョアンナが初めて取材をすることを許されたミュージシャンが、マニックスだった。「恋とマシンガン」をD&MEの編集者が聴いたらどう思ったのだろう。むしろCDがマシンガンで撃たれていたかもしれない。

そんなフリッパーズを「ロック雑誌」ロッキング・オン・JAPANで繰り返し取り上げてきたのが、山崎洋一郎さんだった。解散したバンドを特集するラジオ番組(96年NHK FMミュージックスクエア)で「2時間じゃ語り足りない」と宣うほどのフリッパーズ支持者だった彼は、解散前も解散中(?)の空白期間も、そして二人のソロデビュー後も積極的に小沢健二&小山田圭吾を誌面で取り上げている。山崎さんは、その音楽ジャンルはいわゆるハードなロックミュージックではないにしろ、二人にはいわゆるロック魂が宿っていると考えていた。

94年の頭。小山田くんがソロデビューしCornelius名義で初のアルバムを出そうというタイミング。彼にとっても非常に大事な時だろう。またそれは、廃刊寸前まで追い詰められていたJAPANにとっても同じだった。部数が低迷していたJAPANだが、93年に一足先にソロデビューした小沢健二と、楽曲プロデュース等でジワジワとソロ活動をスタートした小山田圭吾を取り上げた号はよく売れた。そして山崎さんは、「新生ロック雑誌」JAPANの、リニューアル第一号の表紙に相応しい人間として、Corneliusを取り上げる。

 

稲田:判型を小さくする前の最後のほうで、小山田圭吾、小沢健二っていうのがあったんですよね。ソロ・デビューした彼らが続けざまに表紙になったんですけど、あれが売れて。

田中:そこに何かしらの糸口が見えた?

稲田:希望が見えましたね。これが未来の動きだし、そこに読者がいるし、リスナーがいるというのが見えたんです。で、判型を小さくすることになったんですけど、小さくした最初の号の表紙がコーネリアス。

カルチャー雑誌/音楽雑誌は死んだ? 雑誌天国の90年代から20年、何が変わったのか?~90年代『ロッキング・オン』編 | FUZE

 

山崎さんがどのような考えでCorneliusを表紙に抜擢したかは、この翌月・2月号の小山田インタビューで語られている。

 

小山田「〜(略)でも渋谷系ってどう思う?渋谷系ライターとして?」

山崎「ビックリしたんだけどさ。リニューアル1号でコーネリアスを表紙にしたじゃん。それで業界の人に「どうだあ!!」って見せると「ああ、渋谷系のオシャレ系なんですね」とか言われてさ。俺としてはもうロックもロック、ロック界でも超やさぐれたヤクザ人間を表紙に持ってきちゃって大丈夫かなあってつもりだったんだけど、「あ、時流に乗ってますねえ」みたいな反応なんだよね。

小山田「俺また人格プロデュースされてる!(笑)」

山崎「で、ロック・ファンでもそういう反応があるわけ。」

小山田「でも、わかるよ。僕が例えば高校生とか中学生で、渋谷系とかいっちゃってこんな軟派そうな男が表紙んなってたらさ(笑)、俺も絶対にそう思うもん!」

山崎「ははははは。」

小山田「女の子に『こんなものは認めない!』って言うよ(笑)。『こんなコーネリアス』とか言ってさあ(笑)」

(ロッキング・オン・JAPAN 94年2月号 コーネリアスインタビューより)

 

ロッキング・オン・JAPAN 94年1月号、あの「いじめ記事」インタビューが掲載された号にはこんな背景があった。

フリッパーズ時代、ある種のロック村から「スカしたオシャレ系」「雰囲気だけの音楽」と色眼鏡を持たれていた小山田圭吾。そんな彼をロック文脈で捉えてもらうためのフックとして、「ヘタレではなくヤクザな男、いじめられっ子ではなくいじめっ子」というキャラ付けをし、新生JAPANの表紙や特集にふさわしい人間に演出しようとしたのではないだろうか。もちろん小山田くんも、それに乗っかってしまった部分はあったのだろうが。

 

今年の9月、小山田くん自身から、あの見出しや一連の描写は「捏造だった」ことが語られている。

だが当時、JAPAN側はその事実(と見せかけた捏造)を前向きに捉えている様子が、この号の編集後記に残っている。

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巻末の編集後記。ただ実際に対談はせずにどちらかのライターが書くこともあったそう

ここに出てくる井上貴子さんのロック論も、やはりD&MEのそれに近しいものがあるように読めるのだが、それは私だけだろうか(The Whoのピート・タウンゼントはよくステージでギターなどの楽器を破壊したことで有名らしい)。

私は95年ごろからのJAPAN読者なのだが、「人(ライター名)で読む」ということをあまりしていなかった。小田島久恵さんのお名前だけは覚えている。レビューがすごく面白かった記憶があるからだ。ただ井上貴子さんはどんな方だったか覚えておらず、今年初めてこの編集後記を読んで、驚いた。ずいぶんと乱暴なことを仰っているぞ……?

だが「ビルド・ア・ガール」を観た後だと、井上さんもジョアンナ(ドリー)のように、「もっと冷笑的に、辛辣になれ、あいつらをこき下ろせ」とか言われていたんじゃないだろうか…?などと心配になってくる。そこまでのことはなくても、「90年代のロック雑誌編集部」という男社会の中で、女性ライターたちは無理をしてはいなかったのだろうか。

……などと考えていたら、前述したロッキング・オンに詳しい友人が、「小田島さんと井上さんは『ちんちんシスターズ』という名前で、本誌で連載したり絵を書いたり、ボンテージルックで海外のミュージシャンと雑誌に登場したりと、なかなか破天荒な活躍をしていた」と教えてくれた。ちんちんシスターズの命名は、山崎洋一郎さんだそうだ……。

 

人生は(黒)歴史のスクラップ&ビルド

色々と書いてきたが、この映画のいちばんの見どころはやはり、一人の女の子が「自分探し」の中でガツガツといろんなことにチャレンジするところだと思う。例えるなら「パンキッシュな朝ドラ」という感じだろうか。地元・田舎と上京先・都会の比較の描写や、両親・兄と言った身近な家族との交流もしっかりと描かれているため、朝ドラにも全く引けを取らない。

音楽や出版など、華やかなエンタメ業界に憧れていても、それを本当に仕事にできる人は一握り。ましてや女性ならもっともっと狭き門になる。その憧れに向かって、思いつきのままにチャレンジし、派手に転んで黒歴史に頭を抱える「七転び八起き」的なジョアンナの奮闘ぶりは、同時代を少女として生きた私も他人事と思えなかった。

 

小山田くんは、25年も前に自分が登場した雑誌記事を2021年のインターネットを通し全世界にばら撒かれたわけだが、そもそも90年代の自分をSNSに晒されるなんて、私なら「今すぐ樹海に向かいます」というレベルで恥ずかしい。みんなそうじゃないの?

そんな話を夫にしたら、「黒歴史も何もなー、そもそも人生においてあんまりチャレンジしていないから、特に後悔もない」と言われてしまい、しばらくポカーンとした。

 

黒歴史は、「もっとカッコよくなりたい」「今と違う自分になりたい」そういったことを考えた人間にのみ残る。自分はこのままでは終われない、何かにチャレンジし新しい人生のドアを開けたい、そんな風に思わなければ、黒歴史は生まれようがない。のっぺり茫漠とした、どっかで聞いたような過去がただそこに残るだけだ。

「ビルド・ア・ガール」=「自分を探す」というよりは、自分を「作ろう」と、この映画はメッセージしている。失敗したら、やり直せばいい。失礼があったら、謝ればいい。なりたい自分のイメージだって何度でもつくり変えて、もう一度あらたに、人と出会い直せばいい。黒歴史を「消したい過去」などと否定せず、しっかりと自分の糧にして、また新たに歩み出すジョアンナを観て、「そうだよね 」と気持ちが軽くなった。

そうだよね。黒歴史だらけの私もそうだと思うよ、小山田くん。

 

小山田圭吾氏いじめ記事に関する検証 その2. ネットミーム「2ちゃんねるのコピペ」が大炎上に至るまでの変遷

※90年代に出版された雑誌記事、また「2ちゃんねる」(匿名掲示板)に書かれた、いじめや暴力、差別に関する生々しい表現、被害に合われた方にとってつらい記憶を呼び起こすような内容を含みます。読まれる際は十分に、ご注意ください。

 

 

前回の記事の最後に、「小山田圭吾のいじめは、『2ちゃんねる(現・5ちゃんねる、以下2ch)のコピペ』という形のネットミームとして、一部のネットユーザーには有名だった」と書いた。今回の記事では、このネットミームがどのような変遷をたどり、2021年7月の大炎上にたどり着いたかを検証する。

 

 

まず、こちらのみうぱるさんの連続ツイートを読んでいただきたい(リンク先で、ツリーの下まで読んでみることをお勧めする)。

 

 

前回記事では、「クイック・ジャパン(以下QJ)vol.3『村上清のいじめ紀行』の全文は、今年の7月までインターネット上に存在していなかった」とも書いた。これが嘘でないと証明するのは難しい。だが少なくとも、この全22ページもある記事全文を、何の理由もなしにインターネット上にUPするというのは、著作権法の観点から考えてもあまり好ましくない行為だ。けれど、今年の7月にあえてインターネット上にUPした人たちには、「この記事の一部切り取られた部分だけ読むのと、全体を読むのとでは、読み手の印象が異なる。だから読んでほしい」という目的があったのだろう。実際そのようなメッセージ付でSNSにUPされたツイートブログ*1は、非常に多く読まれる結果となった。

 

先の連続ツイートで、みうぱるさんは「元記事の『全文』を読んで驚いた。ネットで拡散されている話とは全然違うじゃないか!(中略)事実の認識のレベルで、(私は)インターネットのコピペに騙されていたのだ」と書いている。

実は私も、7/20ごろまで、同記事の全文を読んだことがなかった(ちなみに、この炎上まで「ロッキング・オン・JAPAN(以下ROJ)」の方すら読んだことがなかった)。7/20前後は、小山田氏のことをツイートしても、対話にならない攻撃的な、あるいはファンによる動揺したリプライを受け取ることが多く、やむなくTwitterアカウントに鍵をかけるぐらい、精神的にかなり参っていた。そんなお通夜のような気分の中で(いったい何が書いてあるんだろう…)とQJの全文を読んだためか、「な、なんだこりゃ?」と、拍子抜けした、というのが正直なところだ。

もちろん小学校時代を中心に、いじめの描写はある。一方で単なるクラスメイトとの思い出のようなエピソードも含まれる。「酷いなあ」とか「浅はかだなあ」とか、「これ、私がお母さんだったら今すぐ『コラッ!そんな言い方ないでしょ!!』って叱りたいわ」等といった感想と同時に、「なるほど、この物事の見方は確かに小山田圭吾らしい」という感想を抱く箇所もあった(ただそもそも、この感想自体、私が彼の音楽をそこそこ聴いてきた前提によって成り立っている。よってQJ全文を読んでも、何も印象が変わらない、あるいは「より不快だ」という方もいるだろう。実際に読む時はご自身の体験などに照らし合わせ、注意してほしい。90年代当時、彼がなぜこのような雑誌インタビューに答えたのか、また、そもそも小山田圭吾という人の人間性とこれらの雑誌記事に、どのような結びつきがあるのかは、また別の場で丁寧な検証が必要だ)

 

なぜこのQJの「いじめ紀行」の記事は、メディアが雑誌からインターネットへと移り変わる過程で、みうぱるさん曰く「全然違う」ものになってしまったのか。

 

2ちゃんねるでコピペができるまで

1994年1月にROJ、1995年7月にQJが発行されている。2chが開設されたのは1999年5月。最初に「小山田圭吾のいじめ記事」に関するトピックが2chに登場するのは、2001年ごろだ。

以下に2ch過去ログから、01年以降の書き込み・コピペの変遷を要約し、ログが残されていたスレッドのURLも掲載する。実物を読んでご自身で判断したい方は、そちらを見てほしい。

 

2001年〜2003年

2chの「コーネリアススレ」は、何かCDなどのリリースがあった際、情報交換用に立てられている。この頃はちょうどアルバム「point」の出た時期で、ファンが平和に会話をしている。その中のトピックとしていじめ記事に触れる書き込みもあるが、「あんまりその話はしたくない」「同じ話を何度もしないで」と、嫌がられてもいる。

 

2003年、ROJ本誌からの最初のコピペ(コーネリアススレ初出)が現れる。

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コーネリアス13 five point one 5.1

 

当時は、コーネリアスの私設ファンサイトに、ROJのインタビュー全文書き起こしがあったようだ。ファンとしては善意で掲載していたのだろう。おそらくそこからコピペされてきたと思われる。

上記コピペに反応する書き込みもあるが、当時の記事に対するうろ覚えの知識で書かれていたりする。この時点でROJ発行から9年が経過していることもあり、既に「90年代の雑誌」は、誰もが簡単に入手できるものではなくなっていた。

 

2004年6月

この頃からいじめに関する書き込みが増え、だんだんとコーネリアススレは不穏な空気に包まれ始める。そして2004年6月に起きた、「埼玉蕨女子中学生いじめ自殺事件」と結び付けられ、一気に炎上する。

 

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【ウンコ食わせて】イジメ・コーネリアス小山田【バックドロップ】

 

攻撃的な内容のスレタイ(スレッドタイトル)がつけられ、複数の専用スレッドが立った。このようなまとめページも残っており、「小山田祭り」と呼ばれている。

これ以降「コーネリアス」の情報交換スレも、コピペをひたすら貼り付ける「荒らし」の標的となる。ファンがまともに会話できる状態ではない。スレを立てた人が、「荒らしはスルーでお願いします」と呼びかける書き込みもある。

 

「庇う人たちへ」のコピペ

この大炎上と同時期に、ミュージシャンの嶺川貴子(当時の小山田氏の妻)の公式HPにあったBBSも荒らされた。

 

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【音楽】小山田圭吾 率いるCornelius、ロンドンの展覧会に参加

 

2chに「妻のBBSも荒そう」と言った書き込みが残っている。

そして同スレに、「嶺川貴子のBBSに、下記のような書き込みがあった」と、コピペが貼られている。

 

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【音楽】小山田圭吾 率いるCornelius、ロンドンの展覧会に参加

 

だが嶺川貴子公式BBSの過去ログを調べると、この「ch-fi」というハンドルネームで、以前から書き込みをしていた人物のログが残っている。

 

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嶺川貴子 掲示板

 

公式BBSへの荒らしに対して、唐突に「僕」という主語で書かれた書き込みは、「本人ではないか」と2chのコーネリアス関連スレに貼り付けられ、特に証拠もないまま、同スレ上で「妻のBBSだし小山田本人らしい」と2ch上で真実扱いされていく。

 

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この「庇う人たちへ」の書き込みがあってすぐに、嶺川貴子公式のBBSは閉鎖されてしまったようだ。

 

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(※当時のmixiの嶺川貴子コミュより)

[mixi]ミネコのサイトの掲示板(RIP) - 嶺川貴子 | mixiコミュニティ

嶺川貴子公式HPの方の「庇う人たちへ」のログは現在、残っていない。そのため、本当に公式HPに書き込みされたかも、現在は確認ができない。

ちなみに、この書き込みを2021年現在まで小山田本人と信じていた人がおり、はてなの匿名ダイアリーに「2004年に謝ってほしかった」(※現在は削除、リンクは過去ログ)という記事をUPしていたが、そもそも本人であるという確証がどこにもないし、公式BBSに書き込まれた証拠も残っておらず、2chのスレを信じていただけと思われる。

 

コーネリアスのファンサイトも閉鎖に追い込まれる

この2004年の炎上は、コーネリアスのファンサイトBBSにも飛び火している。過去ログを見ると同年6月から少しずついじめに関する書き込みが現れ、10月にはこの状態。

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cornelius BBS

 

翌年にはファンサイト自体が閉鎖されてしまう。

 

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大変に良識ある管理人さんの挨拶に胸が痛む。今どのような思いでいらっしゃるだろうか

 

ついでではあるが同時期に、小沢健二のファンサイトBBSも荒らされている。ファンが情報交換できる場所がどんどん荒らされていった。

 

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oyaoza ☆ いるかBBS

 

「クソガキどもを糾弾するホームページ」

当時、「クソガキどもを糾弾するホームページ」というサイトがあり、「葵龍雄」という人物が運営していた。これは少年犯罪の犯人を、事件と共に実名入りで紹介するというサイトで、何度も閉鎖されては復活を繰り返していたらしい(2chのスレッドによると、2012年に閉鎖され、それ以後は更新がない模様)。

2004年の大炎上の最中に、管理人の葵氏の元に情報を届けた人物がいたようだ。10月に、ROJの記事抜粋が同サイトに掲載される。

 

 

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ご挨拶と中間報告

 

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コーネリアスこと小山田圭吾の悪行



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2chには続けて上記のような「QJの記述を合わせて掲載させたい」という書き込みもあるが、「クソガキ〜」のHPは基本的に上記の内容で掲載され続けていたようだ。そして今度はこの「クソガキ〜」の内容が2chにコピペされる。

 

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【いじめ】小山田圭吾不買運動【カッコ悪い】

 

2ch定型コピペの完成

小山田圭吾のコピペ、といえば、1.  2003年のROJの抜粋、2. 2004年の「クソガキ〜」からのコピペ、この二つが主たるものだ。今も2chのコーネリアス関連スレで見ることができる。つまり、約20年間これらのコピペが繰り返し貼り付けられていることになる。

またこの他に、QJから、ダウン症について語ったくだりや、ROJの同じインタビューから、中学時代の万引きのエピソードだけが抜粋されたバージョンのコピペもある。

コピペが貼られていないスレでも、小山田圭吾のいじめ=障害者にウンコを食わせた、と繰り返し書かれている。

 

お父様が亡くなったというスレにも

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【訃報】「マヒナスターズ」のボーカル、三原さと志氏死去 71歳 「Cornelius」小山田圭吾氏の父親

 

グラミー賞の候補になったというスレにも

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【音楽】米グラミー賞 「コーネリアス」の小山田圭吾作品がサラウンド・サウンド賞候補に

 

すべての年にコピペは存在しているし、いじめに関するスレッドも毎年立っている。そして、毎年30件前後だったスレッドが小山田圭吾関連スレが今年は3000件越え。

 

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2ch5ch過去ログより

https://kakolog.jp/

 

今年7月は最大の「小山田祭り」だったのだろう。

 

【朗報】小山田圭吾のいじめコピペを20年貼り続けてきた人、TOYOTAをオリンピックから撤退させ歴史を動かしてしまう!!努力は報われるんやね(なんj) - ばびろにあっ!

(※2021年の5ちゃんねるまとめ記事)

 

ちなみに前回の記事でも言及した「孤立無援のブログ」は、開設時期は不明だが小山田氏に関する記事は2006年には書かれている。前回言及した、「はるみ」がツイートした「小山田圭吾における人間の研究(7/15炎上時点)」は、1.  2003年のROJの抜粋の定型コピペと同じ箇所を引用したあと、QJの記事からいじめ描写の抜粋を続ける、という構成になっている。

 

 

2021年7月、2chコピペはどのようにTwitterに現れたか

ではこれらのコピペは今年7月、どのようにTwitter上に登場したのだろうか。

前回記事の「時系列」の最初の方と同じように、2021年7月14日21時(五輪開会式作曲担当が発表になる)〜翌7月15日正午ごろまでの個人のツイートから、小山田圭吾・いじめに関して言及しているものをいくつか抜粋する。

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概ね2つの雑誌の描写が合体している、「クソガキ〜」に言及するものも

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話題になっていたので検索したという人のソースは、「はるみ」「孤立無援のブログ」など

 

同じ内容をkobeniのアカウントでツイートもしているので、画像が小さすぎて見えない方はこちらからみてほしい

こべに🎪 Olive Vive! on Twitter: "開会式作曲担当が発表された日の個人ツイート抜粋。
ネットで、いわゆるミーム、噂がどんどん真実になっていく過程がわかる資料になってしまってます… "

 

 

「小山田圭吾は障害者にウンコを食べさせた」というのは、前回の記事を読んでもらえばわかるように、2つの雑誌の内容が混じっており、またそのどちらからも、「小山田本人が手を下した」という裏付けが取れない。QJには、食糞の記述自体が存在しない。

2chのコピペだけを見ていると、QJには、ROJに書かれていた行為について「先輩がやったのを引いて見ていた」とか、障害者である沢田くん(仮)について「もう中高ぐらいになると、いじめはしないんだけど」「僕は沢田のファンになっちゃってたから」という記述もあるのを知ることはできない。

約20年間、2ch(5ch)を通してこれだけ多くの人々が本件を話題にしてきたのに、誰も二つの原典をしっかり読み込んでいないし、その上で「この記事を放置することは社会悪だ」と、真剣に取り合って世の中に訴え出ることもなかった。

本件について、「こんなに酷いことをして、なぜ今まで何もしてこなかったのか」という批判を多く見かけたが、少なくとも2ちゃんねるにあるような、匿名ユーザーによる書き込み、そこから派生した電凸などに対して、小山田サイドがまともに取り合うのは難しかったのではないだろうか。そして2chを見ると、「クライアントに連絡してやれ」といった内容の書き込みも多数あるため、実は見えないところで、小山田氏が複数の仕事を失っていた可能性はある。

 

あるコーネリアスファンの話を挟む。

2chには「荒らしはスルー」というローカルルールがあったため、上記のようなコピペがスレの進行を妨げても、なかなか対応が難しかった。5chになってからは、コーネリアスのTwitter公式に絡むアンチの通報について情報交換したこともあったが、あまりのコピペに過疎化した。

NAVERまとめや、ガールズちゃんねるに貼られた「孤立無援のブログ」の内容を読み、「自分が以前に元の雑誌で読んだ話と随分違うな」と思い、持っていた2冊を読み返した。するとかなり偏った内容になっていたため、「やっぱりネットの書き込みは適当だな」と思っていた。本件が炎上し始めた時、「孤立無援のブログ」をソースとするツイートなどに、「その記事はソースが怪しいから、今一度確認してほしい」と訴えたりしたが、否定的な引用リツートなどが多く来たため、鍵をかけた。

 

2021年に、このような形で本件が大炎上し、小山田氏は現行のすべての仕事を失った。彼は「デザインあ」(現在は放送見合わせ)の音楽を10年間担当しているが、NHKEテレには、番組開始時の2011年と、2017年(「ガールズちゃんねる」の匿名ユーザーがNHKに連絡、いわゆる「凸」を行った)にいじめについて問い合わせがあった。その際には問い合わせの相手に対し、NHKはこのように答えている。

 

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コーネリアス(小山田圭吾)について語りたい | ガールズちゃんねる - Girls Channel -

「ご本人が反省、当時は受け入れ」小山田氏番組でNHK一問一答 - 産経ニュース

(※2011年と2017年のNHKからの回答は同じだったと、上記の産経新聞の記事でNHK側が回答している)

 

今から振り返れば、NHKに問い合わせがあった時に、例えば公式に本件について被害者・また各方面への謝罪をし、「事実でない記述」がどこだったのか、公にして釈明すればよかったのだろう。そうしていれば少なくとも、真偽が不明である不快ないじめ描写や、それに伴う苛烈なバッシングによって、二次被害的に傷つく人々がここまで多く出ることはなかった。そして彼が時間をかけて作った音楽がお蔵入りになる、ということも防げただろう。

 

各障害者団体からも、今回の件に対して声明文が出されている。

全国手をつなぐ育成会連合会」(7/18リリース)は、小山田氏のしたことの問題点を明らかにし、強く抗議を示されるとともに、五輪組織委員会に彼の登用の経緯説明を求めている。一方で開会式まで時間がないこともあり、辞任までは求めていなかった。そして「日本自閉症協会」の声明文(8/6リリース)は、二つの原典雑誌に目を通した上で、「これらの記事はいじめや差別の被害者の視点を欠いており、出版意図に関わらず、いじめや差別を助長します」としながら、一方で「この過去の特集記事を根拠に現在の小山田氏個人を叩くことを煽るネット上のブログや書きこみは、人と人との対立を助長するものであり、 それはいじめや差別と同類」「そういう事態に反応しやすい自閉スペクトラム症当事者を不安にさせます」とも述べている。

 

 

このような団体が、原典記事が出版されたその時に、あるいは2chでたびたび炎上した時に、小山田サイドや出版社に対して声明文を出してくださっていたら……と、我がままなことを思ってしまうのだが、掲載されたのが、インターネットの存在感がほぼない・未発達な時代の娯楽的音楽雑誌・またアングラ雑誌であったこと、2001年以後も「炎上」の主たる舞台が2chだったことを考えると、彼ら団体に情報が正しく届くこともなかったのかもしれない、と思う。

 

 

饒舌な「オザケンタグ」、寡黙な「小山田タグ」

 

辞任の報道があり、開会式の夜、本件に心底落ち込んだ一部のコーネリアスファンと、Zoomで軽く飲み会をした。その時に一人のファンがポツリと、「小沢さんのハッシュタグ(#ozkn)は、いつもすごく賑やかですよね」と言った(小沢健二は、1991年まで小山田圭吾と「フリッパーズ・ギター」というバンドを組んで活動していた)。

そういえば、小沢健二はTwitterInstagramを愛用していて、時にはそこそこ長い文章を流し、ファンにも「いいね」をつけたりしている。またファンも(私含め)全体的に理屈っぽい人が多いのか、わりとよく喋るし、情報交換や「みんなでアルバムを同時再生しよう」などのファン独自イベントも活発だ。

一方、小山田圭吾ハッシュタグ(#oymd)は、小沢健二と双子のようなタグ名称になっているのに、確かに過去、あまりファンの交流がされて来なかったように見えた。小山田氏本人のTwitterも、言葉少なで絵文字が多く、それはまるで「point」や「Sensous」のような近年のアルバムにおいて、歌詞よりも音・メロディそのものとストイックに向き合ってきた彼の音楽性と重なるようだ。

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Corneliusは2009年からTwitterを始めている その一部を抜粋

同じ内容をkobeniのアカウントでツイートもしているので、画像が小さすぎて見えない方はこちらからみてほしい

こべに🎪 Olive Vive! on Twitter: "ブログだと画像が小さくなるので、ツイートもして、リンクを貼ってみます。
コーネリアス公式Twitterの抜粋。… "

「もし自分が言葉をもっと発すれば、オープンSNSであるTwitterやInstagramにはまたコピペが貼られ、荒らされる。そうするとファンが確実に傷つく」彼はそう思って、あまり言葉を発して来なかったのかもしれない。ファンサイドで言うと、古参はこれまで交流の場を奪われてきたため、無理にSNSで交流しようとしないし、新しいファン(コーネリアスには若いファンも多い)も、YoutubeやYahoo!コメントなどあらゆるところに貼られたコピペを読んだことで、なんとなく小山田氏に対して心の距離を保ってしまい、ひとり音楽を聴くことはすれど、ファンの交流にまでは至らなかった……のかもしれない。もしそうだとすると、老いも若きも活発に交流する #ozknタグの住人としては、ほんとうに気の毒で仕方がない。

 

この先の更なる謝罪や、償いについて

 

「今まで何も償いをしていない」というご意見があるが、五輪の作曲担当は既に辞任し、いじめ被害者当事者に対しても「謝罪を行った」と事務所は答えている。そして謝罪文では既にファンに対しても、本件への説明と謝罪がなされているため、多くのファンはこれ以上の謝罪や償い行為は望んでないのではないか?  と思う。彼の音楽をずっと聴き続けてきた人たちは、2000年以降の彼の楽曲で、既に彼の変化を受け取ってきた*2あえて言葉にされなくても、発表された楽曲で彼の人としての成熟を感じ取り、複雑な思いはあれど今は、彼の楽曲を愛しているという方々も多くいる。当然のことだろう、当時25歳だった人間が、長い時を経て今、52歳になっているのだから。

 

現在すべての仕事を失っている彼に、さらに「外側から」何かしらの償い行為を求めるとするならばせめて、二つの雑誌の原典を入手して読み、彼のこれまでの音楽活動がどうであったか、雑誌発行時の前と後で変化はあったか、インタビューなどから読み取れる人間性はどうであったか等を評価し、真剣に向き合った上で何を彼に求めるのかを決めていただけないだろうか、と願う。そして、匿名で掲示板に「あのクズを引き摺り下ろせ」と書き込む等の方法ではなく、せめてご自身の立場を明らかにした上で、償い行為の意味・目的・役割の宣明をしていただけないだろうか。そうでなければ、本件そのものがこの世の中に対して持つ問題が正確に把握・是正されず、結局は誰のためにもならないのではないか、と私は思っている。これから先の未来に起きうるいじめや、障害者差別の抑止にも、特段役立ちはしないだろう。

 

 

彼の謝罪文にあった「事実と異なる内容も多く含まれている」という記述に関しては、彼本人や関係者にしか説明ができない。おそらく今後、その部分がどこで、なぜ「事実と異なる」ままに掲載され出版されてしまったのか、明らかにされる日が来るだろう。その時はどうか、もうこれ以上のバッシングはやめていただけないだろうか。2ch上で、悪魔的に成長したネットミームによって、本件を20年間蒸し返され罵倒され続け、それについて彼はずっと沈黙していた。関連するまとめ記事やブログに削除要請もしていないから、検索すればすぐに出てくる。過去ログも全部残っている。

もう十分に叩かれたのではないか、と思うのだ。

 

 

 

 

 

 

本件について興味を持ってくださった方は、こちらの「METAFIVE」2ndアルバム発売を求める署名にご協力ください。本件のネット炎上を原因とし、小山田圭吾氏の仕事にはキャンセルが相次いでいます。小山田氏の所属するMETAFIVEの2ndアルバムは、五輪とは無関係に既に完成していました。ですがレコード会社の意向により、発売中止が伝えられています。これ以上、社会的制裁を長引かせたくありません。

 

www.change.org

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【参考・関連記事】

 

 

anond.hatelabo.jp

上記は、ROJのインタビューから遡ること3年前、まだフリッパーズ・ギターとして活動していた頃、ROJのインタビューと同様に、生い立ちから振り返って語る企画が月刊カドカワにて行われ、匿名ユーザーが書き起こしをしたもの。

中には、「クイック・ジャパン」における沢田くん(仮)とみられる「K」も登場する。 少なからず小山田氏が、沢田くん(仮)に対してどのような思いで接し、眼差しを向けていたかは、こちらの記事からも読み取れると思う。

 

21.9.15追記

「週刊文春」にて、ノンフィクション作家・中原一音氏のインタビューにより、本件についての具体的な詳細が本人から語られた。謝罪文にあった「事実と異なる点」はどこのことか、また彼自身が行ってしまったいじめ行為がどこの部分だったのか?などが明らかにされている。

bunshun.jp

21.9.16 

クイック・ジャパンで「いじめ紀行」の企画・執筆をした村上氏より、経緯説明の文章が発表された。当時の企画意図は、「あえて極端な角度からいじめという重大な問題の本質を伝えることで事態をゆさぶり、何らかの突破口にできないかと考えた」ものだったとある。「現場での小山田さんの語り口は、自慢や武勇伝などとは程遠い」「また原文記事の最終頁に小山田さんの同級生だったSさん(仮名)の年賀状が掲載されていますが、これも当初から『晒して馬鹿にする』という意図は全くなく」とも書かれている。

1995年執筆記事「いじめ紀行」に関しまして - 太田出版

 

21.9.17

小山田圭吾氏本人から、公式に説明文が発表された。上記の文春記事の内容補足、あらためての深い謝罪に加え、記事にあった中の一部のいじめ行為を行っていた当時・それをインタビューで語った25年前にどのような認識だったか?雑誌などで露悪的に振る舞った理由や、それが間違いだったと気づき、その後は音楽とどのように向き合ったか、「デザインあ」の仕事が本人に与えた影響など、本人の言葉で詳しく説明されている(日本語・英語)。

http://www.cornelius-sound.com/index_en.html

 

東京新聞による書き起こし記事。

www.tokyo-np.co.jp

 

 

 

 

*1:クイック・ジャパンvol.3号で当時のスタッフであった北尾修一さんのブログ記事。web上には存在しなかった箇所を掲載していた。現在は有料記事になっている

*2:「ファンの声」の一例として、長年コーネリアスを見てきてインタビューなども担当されている大久保祐子さんのブログ記事

小山田圭吾氏いじめ記事に関する検証 その1. 拡散までの経緯、初期報道の問題点

※90年代に出版された雑誌記事に書かれた、いじめや暴力に関する具体的な記述を含みます。ご注意下さい。

 

小山田圭吾氏が開会式の作曲担当と公表されてから、ずっとこの問題を追いかけている。既にTwitterで共有済みの内容と重なるが、整理して見やすくするためブログにまとめることにした。追加で確認できたことは加え、一部訂正も含む。

 

最初に本記事の趣旨をまとめると

※現在はインターネット上で、上記の2記事を全文読むことができる。

※ロッキング・オン・JAPANについてはkobeniのツイートに遷移、2番目のツイート参照

  •  インターネット上に存在する小山田氏の「いじめ」の記述は、実は上記の2記事の一部を切り貼りしたものだった 

  • 「クイック・ジャパン」に関しては、記事全文は7/20ごろまでインターネット上に存在していなかった

  • その上で、「原典にあたったが、ネット上の情報との食い違いや齟齬を無視して報道を行った」のが毎日新聞。原典記事にはあたらずに報道したのがモーリー・ロバートソン氏

である。

目次

時系列

五輪の音楽担当が発表→Twitterが炎上状態に→毎日新聞報道は、ほぼ24時間以内の出来事として起きている。

 

2021714日  21時 五輪HPにて開会式の音楽等担当が発表となり、各種ニュースサイトが報じる。個人の複数のアカウントから、いじめに関するツイートが流れる

【例】

 

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 2021715日  7:15ごろ 「小山田圭吾」Twitterトレンド入り

2021年7月15日のトレンドワード | トレンドカレンダー

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2021715日  7:45 はるみ」という五輪中止を求めるアカウントがツイート ソースは「孤立無援のブログ」(「小山田圭吾における人間の研究」という記事)

7/15時点で1万ほどRTされる

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※現在の「孤立無援のブログ」では、当該記事は上書き修正されているが、7/15時点での記事のキャッシュはこちら。

小山田圭吾における人間の研究 - 孤立無援のブログ

 

2021715日 時間帯不明  上記ツイートを毎日新聞記者の個人アカウントがRT

 

2021715日  19:59 毎日新聞記事「小山田圭吾さん、過去の『いじめ告白』拡散 五輪開会式で楽曲担当」

日本語(現在は有料)

mainichi.jp

英語

mainichi.jp

 

 2021715日 21:41 日刊スポーツ「クイック・ジャパン」を入手した記事

開会式作曲の小山田圭吾氏障がい者いじめ告白雑誌を入手 五輪理念に逆行 - 東京オリンピック2020 : 日刊スポーツ

 

2021年7月16日 11:36 日刊スポーツ「クイック・ジャパン」を入手した記事(より具体的にいじめ描写を抜粋)

みんなでプロレス技かけちゃって/小山田圭吾氏の障がい者いじめ告白 - 東京オリンピック2020 : 日刊スポーツ

 

2021716 18:34 小山田氏が自身のホームページ、twitterに謝罪文発表

Cornelius on Twitter: "東京2020オリンピック・パラリンピック大会における楽曲制作への参加につきまして… "

 

2021716日 19:00ごろ〜   大手新聞社デジタル版が小山田氏のいじめ発言・謝罪文について報道

朝日18:50・日経 20:03 ほか、概ね16日中に報道している。本記事文末にリンクあり)

 

2021716日  23:44  モーリー・ロバートソン氏が英文で連続ツイート

 

ソースは15日夜〜16日午前に配信された毎日新聞・日刊スポーツの記事としている

 

 

(以下、本記事では取り上げないが、辞任までの主な出来事)

2021717日 オリ・パラ組織委員会の武藤敏郎事務総長は会見で小山田氏の留任を説明

組織委が小山田圭吾氏の留任明言 武藤氏「謝罪され、十分理解」 - 東京オリンピック2020 : 日刊スポーツ

 

2021718日 一般社団法人・全国手をつなぐ育成会連合会が小山田氏に関する一連の報道に対する声明を発表

小山田圭吾氏に関する一連の報道に対する声明 | 全国手をつなぐ育成会連合会全国手をつなぐ育成会連合会

 

2021719日 加藤勝信内閣官房長官が小山田氏の報道を受け「イジメや虐待はあってはならない行為」「大会組織委員会が適切に対応してほしい」と発言

令和3年7月19日(月)午前 | 令和3年 | 官房長官記者会見 | ニュース | 首相官邸ホームページ

 

2021719日 フジテレビ系「めざまし8」で小山田氏の問題を報道。橋下徹氏が「もしこの楽曲を世界に発信したら、日本の恥ですよ、本当に」と発言

橋下徹氏『めざまし8』で小山田圭吾を批判 「楽曲発信したら日本の国の恥」と憤慨|ニフティニュース

 

2021719 19:10 小山田氏、自身のホームページ、twitterでオリ・パラ開会式作曲担当の辞任を発表

Cornelius on Twitter: "東京2020オリンピック・パラリンピック大会における楽曲制作への参加につきまして… "

 

 

毎日新聞デジタル版報道の問題点

毎日新聞は7/15夜、他メディアに先んじて、いち早く原典記事にあたり報じた。記事を書いた記者は本人のTwitterで、

「書きました。最初は書いていいのか迷いました。ですが大きな怒りが巻き起こったことは事実として記すべき事案と思います。この怒りや違和感をどう受け止めますか組織委さん」

とツイートしている。この記事の時点ではまだ、小山田氏は謝罪文を出すに至っておらず、「大きな怒り=炎上している」状況をニュースとして伝える記事、ということになる。

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だが、原典記事にあたれるようになった現在からこの記事を振り返ると、元記事と報道内容の間には食い違いがある。

 

1と3「長年にわたって同級生をいじめていた」「私立小学校から高校で」

この箇所は、「クイック・ジャパン」(以下QJ)原文の下記のような記述と食い違う。

 

「肉体的にいじめてたっていうのは、小学生ぐらいで、もう中高ぐらいになると、いじめはしないんだけど……どっちかって言うと仲良かったっていう感じで、いじめっていうよりも、僕は沢田(※沢田くん(仮)は、障害者であると本記事内で書かれている)のファンになっちゃってたから」

 

「(沢田くん(仮)について)中学時代はねぇ、僕、ちょっとクラス離れちゃってて、あんまり……高校でまた、一緒になっちゃって、高校は、出席番号が隣だったから、ずっと席が隣だったのね、それでまたクラスに僕、全然友達いなくてさ(笑)」

―――お互いアウトサイダーなんだ(笑)。

「そう、あらゆる意味で(笑)。二、三人ぐらいしか仲いい奴とかいなくて、席隣りだからさ、結構また、仲良くなっちゃって……仲良くって言ったらアレなんだけど(笑)、俺、ファンだからさ、色々聞いたりするようになったんだけど」

 

2 「ツイートが根拠としているのは…」

炎上の発端となったツイートが何を引用元としたかの記載。水色下線を見て頂ければわかるが、これはRT数や、また毎日新聞の別の記者がRTをしたことからも、「はるみ」氏のアカウントのツイートを指していると推定できる。

「はるみ」氏のアカウントが引用したのは、原典の雑誌記事ではない。「孤立無援のブログ」の記事だ。7/15時点の「小山田圭吾における人間の研究」を原典と比較してみると、「ファンになっていた」や「引いちゃうっていうか」など、本人がいじめ行為を「していない」と述べている箇所を、QJ原文から意図的に削除していることがわかる。

記載されたすべての行為を、小山田氏がやったかのように見せ、またそれを文中で

 

「こういうことを、悪びれることもなく、しゃべる、小山田圭吾という人物の、品性とは何か、と思うわけですが、」 

 

等とまとめている。これをそのまま鵜呑みにすれば、「はるみ」氏が「障害のある同級生への壮絶ないじめを武勇伝のように語っている」という感想を抱くのも無理はない。

 

2を事実に正確に記すなら、「ツイートが根拠としているのは、『ロッキング・オン・JAPAN(以下ROJ)』と『クイック・ジャパン(以下 QJ)』のいじめ描写を引用しながら主観的にまとめた個人のブログ記事」となるのではないだろうか。

1の後に「いじめ自慢」としてトレンド入り、と書かれているが、この「いじめ自慢」という表現を、他の大手新聞社は使用していない(記事文末の「各社初期報道」参照)。語った時の態度やニュアンスについて報じる場合は、謝罪文で小山田氏が使った「反省することなく語った」という文言を使用している。

新聞記事に「いじめ自慢」という文言が掲載されると、小山田氏が「いじめ自慢をした」ということが確定的事実のように見えてしまう。だが「自慢した」という表現は、「はるみ」氏の元ツイートの「武勇伝のように語っている」と同様に、ツイートをした一般人の印象に基づき付け加えられたものである。一般人の印象の集合体が、Twitterのトレンドに上がったとしても、それを新聞社が報じる際には注意が必要ではないか。

4.「クイック・ジャパンの記事には『この場を借りて謝ります(笑)』との記述…」

このくだりはQJではなくROJの方に書かれたものだ。ROJ発行からQJ発行までには、一年半の月日が経過しており、内容も異なる。

トレンドの「いじめ自慢」に言及した以上、その裏づけとして、小〜高校までの回想が書かれたQJの内容を「笑いながら語った」と印象づけたかったのはわかる。だが、時に「僕とか引いちゃうっていうか」など、あまりいじめに対して積極的でない記述も含むQJ記事について、別記事であるROJの「この場を借りて謝ります(笑)」で結ぶのは、「孤立無援のブログ」の、悪意ある引用・編集と変わらないのではないか。

 

記事を書いた 山下記者は本記事を、小山田氏の40年前のいじめ・また26年前にそれを雑誌インタビューで語ったことにNOと言い、いじめ自体の根絶に結びつけるという目的「ではなく」、ツイートの最後に「この怒りや違和感をどう受け止めますか組織委さん」とあったように、五輪組織委員会の問題点を追及するという趣旨でリリースしている。つまり目的としては「はるみ」氏と同じく、オリンピックの開会式ひいてはオリンピックそのものを、これらの関係者不祥事の発覚・それに対する人々の怒りによるネット炎上の力で止めたかった(あるいは、そのような人々を応援している新聞だとアピールしたかった)と推定できる。

この記事は、はてなブックマーク数(713users)を見ても相当のPVを獲得する結果となった。他の新聞社より一歩早いのだから、「スクープ」的に多くの人々に読まれたのだろう。

だが、当いじめに関しては実在の被害者がいる。また新聞社の名を用いて広く報道する際は、被害者だけでなく加害者についても、事実確認を徹底し、慎重な姿勢で臨むべきではないだろうか。繰り返すが「新聞社が報じた」ことによって、信頼できる・裏の取れた事実だと判断する人々がかなり多いと推定されるからだ。


小山田圭吾氏は現在、インターネット上で「猟奇的犯罪者」と呼ばれるまでになっている。小学校から高校まで「長年に渡り」いじめを繰り返し、またそれについて「笑いながら自慢した」人物。そのようなイメージが、既に多くの人に浸透してしまった。

 

7/16夜に小山田氏の発表した謝罪文には、

記事の内容につきましては、発売前の原稿確認ができなかったこともあり、事実と異なる内容も多く記載されておりますが」

との記載があるが、一度ついてしまった「猟奇的犯罪者」のようなイメージを、ここからどのように実像まで取り戻せるだろうか。

 

 

 モーリー・ロバートソン氏の報道の問題点

モーリー氏は、本件を大手新聞社に先んじて報じた経緯について、下記のように述べている。

当初からネット上で問題視されていました。大手メディアで最初に報じたのは毎日新聞ですが、分水嶺(れい)となったのは雑誌を入手して、問題発言をリアルに書き起こした日刊スポーツの報道ですね。それを受け、私も英文で投稿を繰り返しました。すると海外メディアの支局長やメディアに情報を送っている(私の)フォロワーが、署名活動のような連鎖反応を起こして一気に拡散しました。その後、テレグラフ(英国)が克明に報じるなど海外メディアにも広まりました。

毎日新聞の方には、具体的ないじめ描写をなぞった文章はないため、「問題発言」=より具体的ないじめ描写については、「日刊スポーツが報じたので自分も報じた」ということのようだ。

日刊スポーツが原典(QJ)を入手して報じた内容はこちら。

www.nikkansports.com

原典と照らし合わせてみると、やはり彼が「引いちゃって」見ていただけの「裸にした」という内容を、彼も実行したかのように書いていたり、友人関係を築いたエピソードには触れていないなど、「孤立無援のブログ」と内容があまり変わらない印象がある。とはいえ日刊スポーツは、大手新聞とは異なりゴシップ記事も多いメディアだ。あまり丁寧に考察する価値はないと思う。

 

「朝鮮人へのいじめ」はあったのか

 

だが、この記事でどうしても見逃しておけないと思ったのが、

「本人いわく『朝鮮人』という男子へのいじめを悪びれることなく告白している

という記述である。

これはQJでいうと、下記のエピソードに当たる。

『Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 10 - 『Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」全文

朴くん(仮)は、クラスでからかわれた「いじめられっ子」として、小山田氏が回想したもう一人のクラスメイトだ。だが、ここの一連の文章に、彼がいじめをした・あるいはいじめを放置した、という描写はない。「手の上げ方がおかしくて、クラスメイトからは最初『変わってる』と認識されてしまったけど、自分は喫茶店に一緒に行ったり、『そんな(厳しい親の)家、出ちゃえよ。うちに泊めてやるからさ』と言ったりする仲だった」というふうに読める。

からかわれるようになってしまった理由について小山田氏は、「これ、実は根深いんだけど」と述べている。朴くん(仮)にとっては普通の挨拶が、彼の人種が違い習慣が違ったために、日本人のクラスメイトに笑われてしまった。そのような、差別・いじめが生まれる構造を「根深い」と述べているのだ。決してポジティブな意味合いではないと思うが、これが「悪びれることなく語っている」ことになるのだろうか。

 

ここで、和光学園の当時の同級生(小山田氏の一つ下の学年)の方から聞いた話を挟む。

 

和光小学校〜中学校では、小山田氏が在籍した当時、障害のある子に対して「共同教育」枠を設けていたのと同様に、在日コリアンの子どもたちの受け入れも行っていた。40年前は今のようなヘイトスピーチは表立って存在しなかったが、世の中における在日差別はかなり根強かった。そのため虐められたり、自尊心を傷つけられることがないよう、シェルターのように和光へ入学してきた子も多かった。クラスに平均2名程度(多いと4名程度)はいたと思う。北朝鮮と韓国、両方の出身の子がいたが、その出身の違いにより、子どもや保護者の対立が起き、結果的に差別や孤立が生じる…なども見たことがない。リーダー層や人気・人望ある子たちの中にも、在日コリアンの子は多かった。

 

もちろん、小山田氏が回想するように、せっかく転校してきたのにそこで開口一番からかわれてしまったら、意味がないと思う方もいるかもしれない。だが小山田氏の回想の中には、朴くん(仮)がクラスで「その後もずっと虐められ続けた」という記述はない。小山田氏だけではないだろうが、彼もそのうちクラスに馴染み、放課後一緒に遊んだりする友人もいた。というのが、当時の小山田氏のクラスにおける嘘のない実態だったのではないだろうか。

 

※現在の和光学園に不要な批判が飛ばないよう補足しておくと、現在園生の保護者提供の情報として、現在、学園は本件についてきちんと調査を行っているが、かなり昔の事実確認であり、当事者(被害者)の意向と人権、またコロナ禍の中で制限の多い生活をしている現在園児童への配慮を最優先にしつつ、時間がかかってもきちんと対応したい旨、説明を受けているとのこと。

 

7月16日のモーリー氏連続ツイートの検証

モーリー氏の連続ツイートは、QJとROJの記述との食い違いや、上記のような朝鮮人のクラスメイトとの交流を「いじめ」としてツイートするなど、「本当に原典記事を読んだのだろうか」「どうして、QJで『先輩がやった』と書かれていることまで小山田氏がやったとしてツイートされているのだろうか」といった疑問が残るものだった。

2021年7月16日23:44 からのモーリー氏の連続ツイートに関し、原典と照らし合わせて内容をチェックしたものが下記である。翻訳者の方を含め複数人でチェックを行った。

 

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twitterでは既に公開済。一部修正を加えた

8月12日に本内容をツイートしたものはこちら。(一部、修正前の文言を含む)上記だと読みにくい場合は、こちらを参照してもらいたい。

 

モーリー氏の本件に対する見解は、8月16日に出たこの「週刊プレイボーイ」の記事に書かれている。26年前に小山田氏が雑誌でいじめについて「武勇伝的に語った」ことを放置する「大会組織委員会」の責任を追及するために、記事内の具体的ないじめ描写を英文で国際社会に向けてツイートした。とのことなので、果たしたい意図としては「はるみ」氏や、毎日新聞の山下記者と同じである。

私は一昨年、長男と一緒に和光中学の学校説明会に行った。校内を見学し、授業を見、校長や生徒の話を聞き、最近の和光の特徴についてはよく理解していた。和光は私立でもあり、東京の公立校と比較すると特殊な学校である。私の友人(ママ友)にも、保育園が我が家の子ども達と同じで、小学校から子どもを和光へ進学させた方がいる。「うちの子は普通の公立校だと、扱いにくいと判断されてしまいそう」という不安があった、と言っていた。和光には独自の教育方針があると知っているため、私にはその意味がよくわかる。

さらに本件があってから、和光学園の当時の在校生の方数名にもお話を聞いた。それを踏まえるとモーリー氏の連続ツイートは、「文化的・社会的背景なども咀嚼しつつ、事実関係を淡々と並べることに気をつけ」ているようには思えなかったのが、正直なところだ。

繰り返すが、当いじめに関しては実在の被害者がいる。また、多くの「かつてのいじめ被害者」や、マイノリティであるが故にいじめに遭いやすい障害者の方々もいる。それは国内だろうと海外だろうと、同じことだろう。具体的ないじめ・暴力描写の部分を抜粋し克明に伝えるということは、それらの描写を、そういった人たちの目に積極的に晒すということだ。五輪組織委員会の問題点追及という「大義」のためなら、そのような行為も致し方なし、という判断なのだろうか。

 

また、小山田氏本人に対しても、具体的ないじめの描写を合わせて報じれば、「あの猟奇的ないじめをやった人」という強烈なイメージが残る。そこにもし、誤認があった場合、「犯罪をしていないのに犯罪をした人と世間に認識される」のと大して変わらないのではないだろうか。

よって私は、彼が「やったこと」、彼が「傍観していたこと」、また彼が「やっていないこと」は、明確に区別して報道するべきではないかと思っている。さらにジャーナリストならば、「日刊スポーツ」のようなタブロイド紙をソースにするのではなく、原典記事にあたり、そこで何か違和感や、裏が取れないような記述の食い違いがあれば、ツイートする前に踏みとどまるべきではないだろうか。原典記事は90年代のもので、インターネット上にはその切り貼りしかなかったとしても、国会図書館や大宅壮一文庫へ赴くなど、少し労力をかければコピーを入手できるのだから。

モーリー氏は私や、上記の連続ツイート検証を見てくれた他の方々による「原典にあたって報じたのか」「朝鮮人に対するいじめがあったとするのは問題ではないか」などの質問に対し、「エクストリーム擁護」と呼んでいる(このネットスラングによるレッテル貼りに私はけっこう傷ついた)。英文ツイートの訳には問題がなかった、また原典記事には当たっておらず毎日新聞と日刊スポーツのみソースとしたと述べている。

 

※補足だが、716 23:4423:47 に、モーリー氏は英文で小山田氏の問題を4分間に9件連続ツイート。以降、720日までに小山田氏関連について合計145件(7/1610件、7/1740件、7/1838件、7/1925件、7/2032件)と、かなりの量のツイートを、繰り返し、行っている。

 

開会式の作曲担当を辞任させるために、ここまでの炎上と報道は不可避だったのか

 センセーショナルないじめ・暴力の具体的描写と共に炎上し、また報道されたことにより、小山田圭吾はネット上で「猟奇的犯罪者」と呼ばれるまでになってしまった。今ではもはや「いじめの権化」のような扱いとして、類似の事件が報道される度にその名前を持ち出されている。

またそれが「五輪開会式」と関連していたことにより、世界中に拡散されてしまった。小山田圭吾には世界中にファンがいる。小山田氏のイメージを世界に向けて、後から訂正するのは途方もなく大変な作業になるだろう。もちろん、ROJQJの関係者、また本人から、謝罪文にあった「事実と異なる内容も多く記載」がどこなのか説明があるのが一番だ。しかし、ここまで多くの人々に最悪なイメージを持たれ、現行する全ての仕事がキャンセルになり、息子など家族のアカウントが荒らされ、和光学園の生徒まで写真を撮られたり画鋲を撒かれたり……そんな日々からまだ1ヶ月程度しか経っていない中、「今すぐ出てきて事実でない部分について釈明会見を」というのは、私はさすがに恐ろしくて許容できない。

 

原典にあたれば「彼がやったことではない」と証明できる、あるいは「記述に食い違いがあるため、確実に彼がやったとは確定できない」ことまで「彼が加害した」と、伝えないで欲しかった。また毎日新聞の山下記者は、多くのファンよりも先に、「クイック・ジャパン」の記事に当たった人物だ。そこでジャーナリストとして、自分の「いじめ事実の裏取りを急ぎたい」という利害を優先せず、伝えるべき真実を伝えて欲しかった。

 

 

最後に

 「はるみ」氏や毎日新聞の記者やモーリー氏よりも前に、このいじめについてtwitterで告発した人物たちは、なぜ本件を知っていたのか。

小山田氏のいじめ記事・行為は、「2ちゃんのコピペ」として一部のネットユーザーには有名な話だったからだ。

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matomedane.jp

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2ちゃんのコピペは、悪意ある匿名の人物によってROJとQJを混ぜた形に変わり、2ちゃんだけでなくCorneliusファンサイトの掲示板や、Corneliusの新譜リリースを伝える記事のyahoo!コメント等にベタベタと貼られ続けた。「孤立無援のブログ」の内容も、この派生でしかない。2ちゃんコピペを信じ切っていた人たちは、「クイック・ジャパン」の全文を読んだことがない。コピペが事実だと思って発信している(あるいは、あえてコピペの内容以外を積極的に見せていない)。「時系列」の最初の個人のツイートと、上記コピペを見比べてもらいたい。

そして、2ちゃんコピペというネットミームの存在を知らず、彼ら個人の言い分を信じた人々も、最終的には同じ内容を拡散・報道する結果になっている。

 

 

この話は長くなるので、またあらためて書きたい。

 

 

 

本件について興味を持ってくださった方は、こちらの「METAFIVE」2ndアルバム発売を求める署名にご協力ください。本件のネット炎上を原因とし、小山田圭吾氏の仕事にはキャンセルが相次いでいます。小山田氏の所属するMETAFIVEの2ndアルバムは、五輪とは無関係に既に完成していました。ですがレコード会社の意向により、発売中止が伝えられています。これ以上、社会的制裁を長引かせたくありません。

 

www.change.org

 

 

 

 

 

【参考・関連記事】

本記事の元になった検証まとめ

 

 

大手新聞社の小山田圭吾氏いじめに関する初報

日経 7/16

小山田さん、いじめを謝罪 五輪作曲担当は解任せず: 日本経済新聞

朝日 7/16

小山田さん、過去のいじめ加害発言を謝罪 開会式で作曲:朝日新聞デジタル

読売 7/17 

開会式の音楽担当・小山田圭吾さん、過去のいじめ謝罪…組織委は引き続き起用へ : 東京オリンピック2020速報 : オリンピック・パラリンピック : 読売新聞オンライン

産経 7/16

五輪開会式の楽曲制作 小山田さんいじめ謝罪 - 産経ニュース

東京 7/16

【文章全文】五輪開会式の楽曲担当の小山田圭吾さん、学生時代のいじめを謝罪:東京新聞 TOKYO Web

 

※クイック・ジャパン「いじめ紀行」の全文はいつweb上に現れたか?

ファンが持っていた・コピーを取り寄せたなどのタイムラグによって、web上に「それまでの流れと違う意味づけで(=悪意的な補足文言などがない状態で)」最初に登場し、読まれ始めたのは7/20前後。

 

※小山田氏の謝罪文にある

「記事の内容につきましては、発売前の原稿確認ができなかったこともあり、事実と異なる内容も多く記載されておりますが」

は、後日配信イベントなどで、元関係者が語った内容から、ROJのことを指していると推定される。

ROJは当時「責任編集」を謳っており、「原稿をミュージシャンにチェックさせない」という方針だった。QJについては、元関係者が「おそらく原稿チェックはあったと思う」と述べている。

 

 ・イラストレーター床山すずりさんの記事

 障害者きょうだいから見る小山田圭吾|床山すずり|note

 ・Corneliusにインタビュー等もしている大久保祐子さんの記事

 猿は猿を殺さない|大久保祐子|note

 

21.8.29 追記

anond.hatelabo.jp

上記は、ROJのインタビューから遡ること3年前、まだフリッパーズ・ギターとして活動していた頃、ROJのインタビューと同様に、生い立ちから振り返って語る企画が月刊カドカワにて行われ、匿名ユーザーが書き起こしをしたもの。

中には、「クイック・ジャパン」における沢田くん(仮)とみられる「K」も登場する。 少なからず小山田氏が、沢田くん(仮)に対してどのような思いで接し、眼差しを向けていたかは、こちらの記事からも読み取れると思う。

 

 

21.9.15追記

「週刊文春」にて、ノンフィクション作家・中原一音氏のインタビューにより、本件についての具体的な詳細が本人から語られた。謝罪文にあった「事実と異なる点」はどこのことか、また彼自身が行ってしまったいじめ行為がどこの部分だったのか?などが明らかにされている。

bunshun.jp

21.9.16 

クイック・ジャパンで「いじめ紀行」の企画・執筆をした村上氏より、経緯説明の文章が発表された。当時の企画意図は、「あえて極端な角度からいじめという重大な問題の本質を伝えることで事態をゆさぶり、何らかの突破口にできないかと考えた」ものだったとある。「現場での小山田さんの語り口は、自慢や武勇伝などとは程遠い」「また原文記事の最終頁に小山田さんの同級生だったSさん(仮名)の年賀状が掲載されていますが、これも当初から『晒して馬鹿にする』という意図は全くなく」とも書かれている。

1995年執筆記事「いじめ紀行」に関しまして - 太田出版

 

21.9.17

小山田圭吾本人から、公式に説明文が発表された。上記の文春記事の内容補足、あらためての深い謝罪に加え、記事にあった中の一部のいじめ行為を行っていた当時・それをインタビューで語った25年前にどのような認識だったか?雑誌などで露悪的に振る舞った理由や、それが間違いだったと気づき、その後は音楽とどのように向き合ったか、「デザインあ」の仕事が本人に与えた影響など、本人の言葉で詳しく説明されている(日本語・英語)。

http://www.cornelius-sound.com/index_en.html

 

東京新聞による書き起こし。

www.tokyo-np.co.jp

 

 

 

 

ダイソーだけで!メモが挟めるファブリックパネルを作ろう

ボンジュ〜、kobeniです!

前回の記事にもチラッと書いたように、趣味が高じてお店を始めました。基本的に輸入したものを売っているのですが、時々、自分でもそいつらを材料にしてなにか作っています。今日はそんな中で思いついたハンドメイドを紹介します〜

 

数年に一回のペースで、ハンドメイド熱が爆上がりすることがあるのですが、どうやら今まさにそのタイミングのようです。先日、いつものように大好きなEtsyを巡回していたら、「fabric pin board」なるものがあると気がつきました。Pinterestで検索すると、こんな感じ。

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fabric pin boardで検索してみてください

なんか可愛いな〜と思って、そしてそんなに高くなかったので、ひとつ購入してみました。(from イギリス)

 
 
 
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ファブリックパネルみたいに、ゴチャゴチャとモノが溢れる収納を隠せるし、メモとか学校のプリントとか集金袋とかも挟めるし、けっこう気に入って使っています。

で、ハンドメイドに夢中な昨今、私はしょっちゅうダイソーに行っているのですが、色々と見ていて(これ、ダイソーにあるもので作れるかも…)と思い始めました。

最近のダイソー、可愛いもの・便利なものがたくさん売ってるんですよ。

初めてやってみた割に、意外とうまく行ったので、紹介します!

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基本的には100円

購入したのは、

 ・カットクロス 100×50cm(300円)

・コルクボード 30×40cm(200円)

・リボン

・画鋲

 

 

です。うむ、全部で700円か。

挟むだけでなく、マスクなんかを、ひっかけたいなという場合は

・プッシュピン

も買っておくと良いです。

 

※後述するのですが、これに加えて、厚さが薄めの綿(キルト芯みたいな、手芸に使うもの)もあると尚良いです。ダイソーに売ってます。

 

このほかに、道具として

・布を切るハサミ

・布を貼るボンド(木工用ボンドや、手芸用ボンド)

・タッカー(これもダイソーに売ってますが、あってもなくてもOK。あると便利)

 

を使います。

 タッカーはこういったものです。

 

(さっきの700円に加えてタッカーと出っ張りのあるプッシュピンも買うと、多分1100円くらいになると思います)

布ですが、今ダイソーでは、元マリメッコデザイナーの方などのカットクロスが売っていまして、それをひとつ買って使いました。けっこう余るので、コルクボードの大きさ30×40cmにプラス数センチのものがあれば、それでももちろん良いです。

 

kurashinista.jp

 

woman.excite.co.jp

 

リボンはこの「三色リボン」を買いました。このうち二色あれば足りるんですが、同じ色で作ろうと思うと短くて足りないので、その場合はこれを二つ買うとか、もっと長いリボンを買うのが良いです。

shop100.iwinz.net

 

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さて、では作っていきましょう〜

まずは布を、ボードに対して2-3cm大きめにカットします。後ろにクルッとやるのでね。(後述しますが「綿があると尚良い」の綿については、この布の下に入れるので、コルクボードと同じ大きさに切って、布とボードの間に敷いてください)

 

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ボードの裏側に布をクルッとして、タッカーでバツンバツンと留めていきます。タッカーがない方は、普通にボンドなどを使ってください。ダイソーのタッカー、めっちゃ音がうるさいので気をつけて。猫が振り向くレベルなので猫が寝ている時は避けてあげて。

 

 

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猫も目覚めるバツンという音

全体を留めるとこんな感じになるはずです。

 

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すごい適当だが… 布が緩んでいるとちょっとカッコ悪いので、なるべくたるまないようにしましょう。間に綿を入れるバージョンは、尚更キュッとした方がいいです。

ちなみにタッカーって、失敗しても、頑張ればホッチキスみたいに抜けるので。

 

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乾くと色が見えなくなるので良いです。接着剤だとシミになるかも

 

角の、布が余るところは、なんとなくこんな感じでボンドで留めてしまいましょう。

 

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まあ、こんな感じになってるはずですね。

ではリボンをつけていきましょう!

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リボンの配色は自由です 幅なども自由ですぞ

数学的にこれをどのように説明すればいいのか私には分かりませんが、こういう形にリボンを貼るのだとすれば、細かく測らなくても間違えようがないような気がしますね。

対角線上に×にして、あとは辺の半分のところで交差させる的な。

よく分からなくなりそうなので、セロテープでリボンの端を留めながら位置を設定しましょう。

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いちおう測る?

そしてリボンが交差した位置に画鋲を刺していくのですが、この時に画鋲が縦に真っ直ぐに並んでいないと、なんかカッコ悪いので、やっぱり定規とかで「直角かしら?」などと確認しながらやるといいですね。アイロンをかけると消えるチャコペンとかで、リボンのあるべき位置などに印をつけても良いかも。

 

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この時点でほぼ9割出来上がっている

画鋲を全部刺しました。

仮留めしているリボンがユルユルです。しっかりピンッと伸ばして、またタッカーやボンドで正式にくっつけましょう。ここでしっかり伸ばしたリボンが、あとでメモなどをスッと挟みやすくしてくれるのです。

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画鋲の針がはみ出る場合があるぞ!

裏っ返してみましょう。アッ!画鋲の針がはみ出ている!怖い!

綿を挟むと、ここまで針が出ちゃうことも無くなるのですが、こういうこともあるのでセロテープやガムテープなどで針を隠した上で、裏側にもいらない布とか、余った布とか、貼り付けると良いと思います。

 

 

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さあ、あとはまあ、やってもやらなくてもいデコりタイムです。

こういうタイルを画鋲の上にくっつけても良いし…(タイルもダイソーに売っているし…)セリアには、そもそも画鋲自体が可愛いやつがあるらしいしね。

 

laurier.excite.co.jp

鳥さんのとかもあるの!可愛いわね〜

マスクを引っ掛けたいので、上の端っこにはアルミの出っ張ったプッシュピンを刺しています。

 

 

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にゃんだこれは

できました!

私は画鋲の上に、古いボタンをくっつけました。もっとキラキラしたものをくっつけるのも良いし、マステでデコったり、絵の具で画鋲を塗ってみたり、そういう風にするだけでも印象が変わりそうです。

 

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あ、特に意味はないんですが、猫が可愛いのでもう一枚載せました。

ボード自体は、ファブリックパネルのように棚の手前に置くのもいいし、こういう大きめのスタンドで机の上に置いておいて、集金袋とかを挿して置くのもいいと思います(とにかく集金袋を挿したい)。

 

さて、作ってから(もしかして、布とボードの間に綿があった方が、リボンがしっかり食い込むので、メモが落ちにくいのかな)と気づきました。なので、このあと薄めの綿を差し込んでみました。

 

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わかる?わかんない?

ちょっとふっくらしたのわかりますか?
こっちの方がやっぱり、リボンをしっかり張って留めた時に食い込むので、なんだか挟む時に気持ちが良いです。

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押してみる

まあ、薄い綿なので、ちょっと押せるぐらいですけどね。あんまり厚いと今度は画鋲が刺さりにくくなるのではないだろうか。

 

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じゃん。綿を入れたバージョンも出来上がりました。

謎の展覧会のチケットを挟んだり… 君に宛てた長い手紙を挟んだり… 子どもがくれた一日姫プレイ券を挟んだり… 集金袋を挟んだり…

いろんな使い方ができそうです。家の鍵とかもやりようによってはいけるかも?

 

ファブリックピンボード、日本に上陸する気配は全くないですが(ていうかそういうモノまじで多すぎ)「四角い材料にリボンを張ってなんか挟む」を前提に、もっといろいろ作れるんじゃないかと思います!私はもっと小さめので、仕事で使う資料を気分良く挟めるやつとか、作ってみたいなと思いました。リモート勤務してると自分の周囲がコックピット化してきますが、それのお供に作ってみてはいかがでしょうか〜

いいのできたら私にも教えてくださいね。Twitterアカウントは@kobeniです。

 

 

 

webショップもよろしくです!

2020cordelia.theshop.jp

過去記事のEtsyシリーズでは、海外から見つけた面白いものなど紹介してます。

www.kobeniblog.com

 

 

 あると便利な布用ボンドなど

 

コニシ ボンド 裁ほう上手 45g #05371

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  • メディア: おもちゃ&ホビー
 

 

 

 

 

 

 

 

+d ニンジャピン 15ヶ入り クリアー D-331-CL
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2021年版】保育園(幼稚園)で必要な「フードなし・外せるアウター」を探せ!まとめ

《2021年11月 情報を更新しました》
こんにちはkobeniです。今年も「フード無し/取り外し可能なアウター」を持ってきてね、と保育園に言われる季節が来ましたね。毎年のことですが、定番からネットで買えるアイテムまで、新しい情報に更新しています。
※念のため補足ですが、園で「フードがないもの」と言われるのは、木や遊具にひっかかる危険防止のため。また子ども同士ひっぱったりすることもあり危ないので、などの理由です。
しかし、デザインがかわいい&赤ちゃんだとすっぽり入ってあたたかいフードはまだまだ人気でもあり、フードのないアウターは昔からなかなか探すのが困難なのです!


・kidsより見つけにくい80〜100のbabyサイズ
・ダウンを中心に、真冬の防寒を意識したもの


を中心に、まとめています。


■ 会社帰りに&近所のチェーン店でゲットしたい!という方に

【ユニクロ】


最初に記事を書いた2010年頃はユニクロに「フードなし」がなかったのですが、今やkids&babyサイズフードなしのアウターもいろいろ売ってますのでチェックしてみてください。
こんな感じで↓↓


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色が豊富なのも良いですね ちなみにフリースもあります

ユニクロはキッズサイズ(100〜)も充実してるし、買いやすいですよ。


公式サイトこちらから。

サイトトップUNIQLO

ベビートップUNIQLO

キッズトップUNIQLO




【GAP】

GAPも、むかーしから、フードなしのベビーサイズをきちんと作ってくれてるブランドです。
無印などに比べるとちょっと使い勝手は悪いけど、デザインがかわいいですね。
ちょっと高いけど、店舗に行くとたいてい20-30% OFFをやっていたりするので、それで買ってみては?

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https://www.gap.co.jp/browse/product.do?cid=1168224&pcid=8770&vid=1&pid=709929066

フードが外せないアウターも豊富なので、間違えないように気をつけてください。


公式サイトはこちらから!
GAP Japan Official Online Store|公式ギャップ通販サイト | Gap
https://www.gap.co.jp/browse/category.do?cid=8770&mlink=84564,18734894,DP_1_TG_OuterwearJackets




【無印良品】

無印良品は、たいていのアウターがフードを「外せる」ようになっている、そしてリーズナブルで安すぎない価格帯…。約9年前からずぅーっとなんです、さすがです。

フリースが出てる!真冬まではこれが活躍しそう。でも冬用アウターとは言えない、ちょっと寒いかも。

f:id:kobeni_08:20201104224012p:plain
1290円!なんてお財布に優しい価格

www.muji.com



新しいアウターがそろそろ出てくる頃みたいですね!リバーシブルのもいいなあ。
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洗える中わたリバーシブルジャケット(ベビー) ベビー80・ライトベージュ | ベビートップス 通販 | 無印良品

ボアフリースというのもあるみたいですが、落ち葉がすごいくっつきそうな気がする。


公式サイトはこちら。
https://www.muji.com/jp/ja/store

ベビーアウタートップはこちら。
ベビートップス 通販 | 無印良品



【H&M】

2020年時点で「実はけっこう推せる」とおすすめいただきました。オンライン通販でも一点から送料が無料だったり、フードはだいたい外せる、夜が長い北欧のブランドだからかさりげなく反射材がついてる(保育園の帰り道は暗いので良いですね…)などのコメントを頂きました!

キッズアウタートップこちら。いろいろある!
子供服 通販 | キッズファッションウェア | H&M JP

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耳ついてる


フードに耳ついてる。でも外せる。


フーデッド パッデッドジャケット - ピンク - Kids | H&M JP

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耳ない。

昨年もそのようにおすすめもらったけど、基本フードは外せるようにしたのかな?H&M。



【coen】
今あるもので言うとこれかな?でもこれから増えそうな感じがします。
「フード取り外し可」でサイト内絞り込み検索できます。


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www.coen.co.jp



【西松屋】

なんとオンライン通販ができるようになっています!さらに店頭受け取りも。
wowma.jp

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wowma.jp


公式サイトはこちらです。サイトもかなり見やすくなった?!この一年で劇的に進化か?
西松屋 | マタニティ・ベビー・子供服(~160㎝)など情報満載




■オンラインで、ラクしてかわいいのをポチりたい!という方に


【amazon】

amazonは、80サイズが少ないのですが、90~少し大きめサイズはまあまああります。
とにかく早く安く買いたい方には良いかもしれません。
すぐ商品が入れ替わっちゃうので、リンクが死んでたらすいません…。

[ミキハウス ホットビスケッツ] ジャンパー

その他この辺りもどうぞ


【ベルメゾン】

保育園での使いやすさを追求した点では、通販サイトだとベルメゾンが最強なんじゃないかと思っています。名前を書くところがあったり、本当に親切なんですよー。

フードに耳あるの人気だな。
www.bellemaison.jp


公式サイトこちらからどうぞ。
通販(通信販売)|ベルメゾンネット


【Conbi mini】
「コンビミニは通販の方が使い勝手がいい」アウターでも6000円前後だそうで良いと教えていただきました!

combimini.jp

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女の子向けが豊富です


公式サイトこちらから~
combimini.jp



■ちょっとお高くても、雨や雪に負けないヤツがほしい!(アウトドア系)


【パタゴニア】

今年もめちゃかわなパタゴニアです。これとか色使いとか利便性とかすごく良さそう…
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ベビー・リバーシブル・トリブルズ・フーディ | パタゴニア公式サイト | Baby Reversible Tribbles Hoody


毎年ちょっとデザインが変わるので、気になって見てしまいます。
しかし保育園でドロドロにされたくないやつね…普段づかいにどうぞ。

公式サイトこちらです。
パタゴニア アウトドアウェア




【ノースフェイス】



なんだこのイメージ画像は!なんて可愛いんだ!お母さんが欲しいぞ!

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Zip in Zipという新シリーズみたいです


気温に合わせて、中のあったかい部分をつけたり外したりできるシリーズが出たみたいです。
保育園にそこまでのやつ使うか?という問題はあるが…良すぎる。
Kids 2021FW Zip in Zip|THE NORTH FACE


公式サイトこちらです。
THE NORTH FACE - ザ・ノース・フェイスブランドサイト


【モンベル】

サイズが100からしかないみたい。ラインナップが変わったのかな?

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去年までとデザインが変わりましたね

公式サイトはこちら〜。
モンベル | オンラインショップ




いかがでしょうか。ちなみに小学生もフードなしのアウターがあるといいのに!という声もありましたが、上記のようなお店はboy&girlsサイズも割とつくっているところが多いと思いますので、そちら見てみてくださいね〜。


あと、検索からお越しの皆さんはじめまして!twitterもやってますんでよかったらフォローどうぞ^^
twitter.com

さいきんのわたくし

ブログだけを読んでくださっているあなた、こんばんは。今夜は月が綺麗ですね(物理的な意味で)だって中秋の名月だから…。

さいきんの私についてですが、

 

1.薄い本を作りました。

2020cordelia.theshop.jp

いろいろ考えて、ブログではなく本にエッセイをまとめてみました。現在は売り切れてしまったので、ないです。ごめんなさい。

 

2.お店を開きました。

f:id:kobeni_08:20200902201018j:plain

 

2020cordelia.theshop.jp

こちらもいろいろ考えて、このブログでも何回も書いてきたEtsyで、仕入れをして販売するということを始めました。

お店のインスタもあるからよろしくね。

https://www.instagram.com/cordelia_kobeni/?hl=ja

 

そんなことを最近は、ほぼTwitterで発信しております。できれば見て欲しいな〜Twitter、な〜。

Zoomを使って、ラジオのような飲み会のような「BARこべにとかおり」というのも不定期でやっています。

 

 

…さあ、続きはウェブで!チャオ!

こべに🎪 kobeni in the house (@kobeni) | Twitter

 

ありがとう、大好きな保育園

 

 

この3月、次男が保育園を卒園する。長男(11歳)も同じ保育園に通っていたので、約10年にわたる保育園との日々が、終わろうとしている。大好きな保育園だった。たまたま選んだにしては出会いが幸福すぎた。固有名詞を書いてしまうといろいろと問題が生じるので書かないが、おそらくこの国にはこの保育園のようなすばらしい園がいくつもあるのではと想像する(ちなみに私立認可保育園)。大好きな保育園の思い出、印象に残っていることを書いてみようと思う。

便宜上、ときおり「私の保育園」と呼ばせてもらう。愛情を込めて。

 

 

 

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園ノートにはよく絵を描いていました。園の人たちが描いてくれた絵もあります

 

 

「先生」と呼ばせない

保育園では大人たちは「先生」ではなく「〇〇さん」と呼ばれている。大人と子ども、親と子の関係は、どうしても「指導」「庇護」から「上下」「支配」につながるリスクがあり、けっこう危険だ。だが私の保育園には「先生と生徒」はおらず、「大人と子ども」がそこにいるだけだった。

大人は「ちょっと先に生まれてきた人」として、子どもたちと過ごす。もちろん、やっちゃいけないことはダメと言うし、サポートしなければならないこともたくさんある。だがけして「大人の方が偉い」わけではない。なので、たとえば子どもが何かケンカをして親が報告を受けたとしても、「〇〇と叱り、指導しました」というようなコミュニケーションにはならない。

保育園は、子どもたちがはじめて色々な人と出会い、コミュニケーションを取っていく場でもある。そこが、こういった価値観・世界観であると、まず子どもたちは「自分たちはおだやかに歓迎されている存在」と感じることができる。そういうことが素晴らしいと思う。ちなみに大人たちはエプロン(よく、テレビなどで保育士さんが着ているアレ)もしていない。それぞれ好きな服で来ている。大人にもいろんな人がいるよ、ということを知ってもらうため、だそうだ。

 

自然と、本物

よく「子どもたちはなるべく自然に触れさせるべき」といった言説を見かけるが、私は「そうは思うものの、その理由に、自分にとって納得感があるものがない」とずっと考えていた。だが、最近は「自然(=土、花、虫など)は、子どもにめっちゃ近い」かつ「割と予測できないものだから面白い」からかしら、などと思っている。

子どもと一緒に歩いていると、ひとりで歩いていては絶対に気づかない、小さな鳥の羽根や、ガラスの欠片などを彼らは目ざとく見つけてくる。地面が近いのだ。自分たちに近いもの、しかも「ただそこにあるから、来るもの拒まずな姿勢」なものと親しくなるのは、当然のことだろう。石とか草とかは、睨んだり拒絶したり逃げたりしない。

また「予測できないから面白い」について。人間界にあるものは、基本的には「先にあった自然界に影響を受けてあとから造形された」ものが多い。だが自然のそのままの姿は、「人間にとっての秩序」の影響を受けない。子どもたちは泥遊びが大好きだが、土ひとつとっても、水を入れたり乾かしたりするだけで色や温度や形が変わるし、子どもにとっては「なんかこれ、そこら中にある割にすごい面白い」んじゃないかしらと思う。

 

6歳の次男と、今年1月ごろに保育園へ向かう途中、彼が落ちている葉っぱにくっついていたテントウムシのさなぎ(大きさ約3mm)を、めざとく見つけたのには驚いた。「これはテントウムシになるよ」と言うので、保育園でしばらく飼育させてもらった。すると2日後くらいに本当に小さなテントウムシになっているではないか。羽化したばかりのテントウムシは赤ではなく黄色だった。かわいい。自然、面白すぎる。

そもそも人間の体は自然の影響を受けやすく、太陽の光を浴びるとセロトニンが出たりするようにもなっている。子どもが自然に親しむのが心にも体にもいいことは、きっとみんなが感づいているだろうと思うけれど。

自然といえば食べ物もそうだ。保育園に、魚をまるごと焼いて食べる日があるのだが、その魚を、園児たちは焼く前にまず絵に描く。絵に描いたあとで、焼いて美味しくいただく。なのでうちの子は、生魚と刺身と切り身と焼き魚の区別に詳しい。絵は、どの子の絵もだいたいウナギみたいに見えるが。

 

私の保育園の庭は舗装されていない。舗装されていないどころか、かなり凸凹している。四季によって、園庭に咲く花がどんどん変わるように、いろんな木や花が植えられている。草も、場所によっては生えっぱなしになっている。気を付けないと手を切る雑草もあり、それらは子どもたちに「包丁葉っぱ」と呼ばれていたりする。

自然は面白い、心身にもいい、でも時には怖いものだ。年長になるとキャンプのようなイベントがあるのだが、そこでの川遊びについて、園の大人たちのこだわりに驚いたことがある。水の事故などが相次いで報告される川遊びを、いかにして実現させるか。子どもたちには全員ライフセイバーを着用させ、大人たちが複数川に入り、小さな囲みをつくった上で、穏やかな川の流れを体験させようと考えている、とのことだった。川の流れへのこだわりがすごい。

「リスクがある」と、控えることは簡単だ。だが「川の流れがどういうものか」を子どもたちが知っていなければ、「危ないのかもしれない」という予感さえ抱けない。本物はどういうものなのか、知って感じて、考えてもらう。そういうことを大事にしているのだなと思う。

 

 

「いい子」と「悪い子」はいない

子どもにはそれぞれ個性があって、発達の順番やスピードも違うし、それ自体ひとりの子の中でも変化する。園ではときどきトラブルが起きる。子どもたちは、他者と出会い、言葉を獲得し、育っていく中で「思い通りにならないこともある」ことを知る。驚くべきことに赤ちゃんは、「世界って基本的におれの思い通りになるっしょ、違うの?」みたいな感じで生まれてくるのだ。

だからイヤイヤ期があるし(2歳児は、いまブドウが食べたいと言えば、自然に冷蔵庫の中にブドウが顕現するぐらいに思っている)、お友達に嚙みついちゃう時期もある。本当は大好きなのに、「キライだよ」とばかり言ってしまう時期も、あったりする。

長男が年長だった頃、Yくんという、とても仲良しの友達がいた。ふたりはいつも一緒にいって、レゴをしたり、絵を描いたりしていた。Yくんはものすごく絵が上手くて、しかもものすごい量を描いていて、パラメータが完全に絵一局集中みたいな子であった。そんな二人だったが、ある時からケンカが増えてくる。うちの長男が他の子と遊ぶとYくんが怒る。でも、長男は別の遊びをしたい時もある。そんな中でYくんは、うちの子に「キライだよ!」「もう遊ばない」と言ったり、時には叩いたりするようなことも出てきた。

私は天才肌のYくんが大好きで、「うちの子は凡人だが、彼のような才能あふれる人間のそばにいることもまたいい刺激…」とか思っていたので、その話を聞いてしょんぼりしてしまった。そして、保育園に相談をした。私は、Yくんを叱責したいとか、引き離してほしいとか、そういうクレームを入れたいわけではないこと、本当は仲良くできるはずの二人なので、いい「合いの手」みたいなものを入れてもらって、見守ってほしいことなどをお願いした。そして、Yくんのお父さんお母さんも交えて、二人の関係を見守る周囲になろう。と約束した。

こういう時に、「園の指導が悪く起きた問題なので、すぐYくんの親御さんに連絡・報告します」といったことにならないのがとても良い。この件においても、「悪い子」は基本的にいないのだ。結局、ジワジワっとした我々の働きかけもあったのか、二人の関係はまた良好なものに戻った。

小学生になるにあたり、うちの長男とYくんは違う学校に進んでしまったが、保育園の同窓会で(そういうものがある)久しぶりに会ったYくんは、相変わらず絵が上手でかつすごくしっかり者になっており、「あの頃は申し訳なかった」とか、長男に言っていた。

 

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Yくんの絵。才能があふれ出している

 

 

人のありようというのは、結局はその周囲・環境に大きく影響を受けるのではないかと思う。どう迎え、どう相対するかによってその人のあり方は大きく変わる。これは昨今よく言われる「多様性」を考える際に、特にマジョリティ側に属する者が心に留めておかなければならないことだと思う。

ちなみに私の保育園には、外国人も障害のある子も通っている。もちろん「園が責任を持てる範囲で」などの判断基準はあるのだろうが、子どもたちにとって彼らと一緒に過ごすことは日常だ。「子どもは異質なものを排除する」などと言うが、少なくともこの保育園ではウソである。排除を許す環境になっていないかどうか、関わる大人は胸に手を当てて考える必要があるのではないか。

 

 

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園ノートを見返していたら、折り紙の猫が出てきた

 

 

 

つい最近のことだ。卒園を控え、みんなと離れ離れになることへの不安や悲しみで、ナーバスになる子どももいた。小学校は、住んでいるエリアや家庭の事情で、年長クラス全員が同じ学校へ行くわけではない。子どもたちもだんだんとそのことに気づき始める。そこで保育園では、それぞれの進む小学校をぜんぶ、子どもたちで見に行く。クラスからひとりしか進学しない私立の小学校でも、クラス全員で見に行く。そうすると、自分が進学することに誇りが芽生えるらしい。みんなに「すてきだね」って言ってもらえることで、不安や寂しさより、「一年生になるんだ」という期待や喜びが勝ってくるのだと思う。毎年やっているらしい(長男も私も忘れていた)が、よく考えたなあ。子どもたちをよく見て知っていないと、出てこないソリューションだ。

 

こんな風に、保育園のすばらしさを数え上げていくとキリがない。約10年、ほんとうにお世話になった。子どもとは、人間とは、についていろんなことを教わった。長男が泣き虫で困った時も、次男の言葉が遅く悩んだ時も、丁寧にやさしく相談にのってくれた。このような保育園があることは、この国にとってひとつの希望だなと私は思っています。そして、どうしても「教育」という題目の基に「統率」「管理」に偏り、一人ひとりを見ることが難しい日本の公立小学校は、もう少しこの園のように変わっていけないだろうか、とも感じている。

 

 

 

長男と次男が、保育園にもらった「大きく確かな存在肯定」は、これからの人生でもずっと、彼らの心のいちばん根っこの部分になり、彼らを支え続けることだろうと思う。

本当にありがとう、大好きな保育園。